|
1753年創立の大英博物館は、ブリティッシュ・ミュージアムという名前で広く親しまれ、単にイギリスを代表するばかりでなく、今や世界の博物館になっている。世界の三大博物館(美術館)をあげろと言われるなら、その方面に興味のある方であれば、パリのルーブル、ニューヨークのメトロポリタンと、このロンドンの大英博物館を、頭に浮かべられるに違いあるまい。内容といい、規模といい、まさに壮大なもので、とても1日や2日で視察を終えるものでなく、全部を見て回れば、ゆうに1週間から10日くらいかかるほど、規模内容とも、けた外れに大きく、場所もまた広い。 私は、ロンドンを訪れるたびに、ここを訪ねることにしている。イギリスは、早くから東洋陶磁研究のメッカであり、特に、この大英博物館の元東洋部長であったソーム・ジェニンス氏や、今の部長ローレンス・スミス氏は、1、2度、有田に来訪されて旧知の間柄でもあるので、ロンドン滞在中にひまがあれば、自然と足が向く。またソーム・ジェニンス氏の名著に『日本の磁器』という本があって、この本を読んだことが、世界的視野における古伊万里をライフワークとして取り組もうと私に決意させる原点になったことでもあり、そんな意味でも私にとって大英博物館の存在は大きい。 通算すれば、私は、ここを3度訪ねているが、そのたびごとに、日本古陶磁に対する館側の扱いが、微妙に変化していることに気づく。古伊万里の展示方法、種類、場所など、10年前にくらべると、次第に比重を増してきているのである。1977年10月訪問したときは、少々とまどった。有田の古陶磁に関する扱いがすっかり変わり、場所も内容も、まるっきり異なっていたからである。広い館内を、案内の表示に従って行くと、有田ものを中心とする日本古陶磁は、その名も「日本の陶磁器」というタイトルで、館の一角に、装いも改められ、陳列ケースも特製のものをしつらえられて、集中展示されていた。場所も広いし、展示の照明もこっている。周囲の状況や、守衛の配置まで、こまかに観察してみると、独立のパートとして重要に扱われていることがよくわかる。 内容を見ると、10年前、ソーム・ジェニンス氏が、収蔵庫からとり出して見せてくれた古伊万里人形が、明るいライトを浴びて、鉄製の特別ケースに鎮座している。古伊万里や、柿右衛門系のものが展示の中心であることが、一見してすぐわかる。もちろん色鍋島もある。「日本の陶磁器」と銘打ってあるので、美濃や、瀬戸の古陶磁もある。ローレンス・スミス氏に会うとにこやかな笑みを浮かべながら、「どうです、深川さん、満足したでしょう……」とでも言いたげな表情であった。 スミス氏の説明によれば、このパートは、1977年の5月頃完成し、大英博物館でも比較的新しいパートである。従来、分散的に展示収蔵されていたものを、世界的に高まってきた日本古陶磁への評価と見学者の要望とを背景に、キャプション(説明文)を新たにして、一力所に集中展示したものである、という。相手は、世界一の博物館である。その中で「日本の古陶磁」を前面に強く押し出し、ストーリーを十分もたせての展示方法である。私は大いに感激し、守衛が閉館の時刻を告げるまで、そのパートを行きつ戻りつしながら、見学した。
有田の事情に詳しいと言えば、4度も有田に来て、つぶさに有田全古窯跡を足で歩き、すっかり日本の古陶磁のとりこになっている1人の若き研究者をあげねばなるまい。その名を、オリバー・インピー氏といい、オックスフォード・アシュモリアン美術館の主任研究員である。 1975年の6月、時を得て、オックスフォード大学の研究室を訪ねてみた。まず驚いたのは、インピー君の研究室の壁に、畳一畳もあるかと思われるほど大きな、有田全町の地図がかかっていて、おそらく5、60あると推定される古窯跡がピンで明示してあることであった。そして4回の来有のたびごとにあちこちの窯跡から採集したり、贈られたりしたこまかい陶片が、きれいに分類されて標本棚に陳列されている。イギリス、オックスフォードの一角に三百数十年前の有田の一断面が、インピー君によって再現されているという事実について、私は深い感動をおぼえた。インピー君も、オックスフォードから博士の肩書をもらっている学者で、先生格は、『日本の磁器』という名著で、日本の陶磁研究家や愛好家にもなじみ深い、ソーム・ジェニンス博士である。 インピー君は一わたり自室の研究の様子を私に見せたあと、オックスフォード所属のアシュモリアン美術館にある古陶磁陳列室を見せてくれた。陶磁研究に関するオックスフォードの長い歴史を物語るかのように、数々のすぐれた古伊万里や柿右衛門を見ることができた。面白いのは、それらの有田もののオリジナルな器物と、そのヨーロッパの各窯でのコピー品を、並列して展示していることである。特にイギリスにおける3大古窯と言われる、ダービー窯、チェルシー窯、ボー窯の数々の種類の有田コピーが眼についた。まさに東西陶芸交流という点で、見ごたえのある展示方法がとられているのに感心した。 まだ帰りの時間が残っているというので、インピー君の自動車に乗せてもらって自宅に案内された。オックスフォード郊外の静かな田園の中に、古い大きな庭を持つ自宅があって、玄関といわず書斎といわず、ところ構わず古伊万里の壷や皿や人形が飾ってある。その一つ一つを有田からの来訪者である私に、熱心に説明してくれるときのインピー君のキラキラした眼を今でも忘れることができない。 |