社名のいわれ
 

明治8年2月21日。川原善八(肥前有田の谷口藍田(らんでん) の塾に学んだ)より手塚亀之助(八代深川栄左ヱ門と共に合本組織香蘭社を設立したメンバー)に宛てた手紙の中に香蘭社の名前の由来が書かれています。

 
 

易経に見えたり。

君子の交わりは、蘭の宝の香りの如し。

西辞(せいじ) に白泥(カオリン)という。

香蘭の社と言えば、陶器の会社として万国に通用するなり。

会社の表記は、蘭の花をまるやかに書きて、周囲を白くすれば、

雅(みや) びやかにして美也(びなり)。

易経とは、中国の儒教の教典・四書五経のうちのひとつです(左の掛軸に原文が書かれています) 。
要約:

君子の道は、出でて仕える、退いて野にある。また沈黙を守る、雄弁をふるう、などその表われはさまざまである。

しかし、君子たる人々が心を一つにすれば、その力は金鉄をも断ち切る鋭さをもち、その言葉は蘭のごとき香りを放つものとなる。

明治8年(1875年)、合本組織香蘭社の創業者5名は八代深川栄左ヱ門を中心にそれぞれが、その技術・英知を惜しむことなく提供しあい、心をひとつにして蘭の花の香りの如く強い結束で結ばれることを誓い合いました。

また、陶磁器の原料の「カオリン」が「香蘭(コウラン) 」と響きが似ていて、陶磁器の会社として万国に通用するように成長することを願い、“香蘭社”と命名するに至りました。